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アジア太平洋地域における
株主エンゲージメントの未来

フィナンシャル・タイムズ イベント部門 FT Liveとの共同調査

エグゼクティブサマリー

1.投資家の期待は高まっている

個人投資家の参加拡大、グローバルな資本流動、世代交代といった要因が、透明性、包括性、そして シームレスなデジタルエンゲージメントへの需要を牽引しています。アジア太平洋地域の投資家は世界の株 式市場へ積極的に投資しており、国際基準に見合うエンゲージメント水準を求めています。

2.システムは依然として断片化されている

アジア太平洋地域の各国における議決権行使、株主名簿、クロスボーダー取引の仕組みは統一されてお らず、規制上の締切日や開示形式の違いが非効率を生み、投資家の信頼を損ねています。

3.テクノロジーが変革の触媒となる

デジタルプラットフォーム、AI、ブロックチェーンなどの技術は、エンゲージメントの簡素化、記録の整合性確 保、信頼構築を支えています。しかし、市場ごとの規制の違いやレガシーシステムの制約により、導入状況 にはばらつきがあります。

4.透明性と安全性の両立

各機関は、プライバシーとサイバーセキュリティに関する地域ごとの規制要件を遵守しつつ、エンゲージメント 基盤の近代化を進める必要があります。

5.連携と調和が鍵

真の進展には、規制当局・仲介機関・テクノロジー事業者が連携し、公平で効率的かつスケーラブルなエ ンゲージメントソリューションをアジア太平洋全域で提供するための協調的な枠組みが不可欠です。

序論:株主民主化の転換点

アジア太平洋地域の投資家による米国株式への参加が拡大する中、現地の金融機関には、効率性と透 明性の向上が強く求められています。こうした需要が、発行体企業、カストディアン、規制当局による株主 エンゲージメントへの対応に構造的な変革をもたらしています。

2025年9月に香港で開催された、FTとブロードリッジ共催のラウンドテーブル(チャタムハウス・ルールのもと 実施)では、デジタル化の加速、規制の整合性、そして持続可能なガバナンス原則が、アジア太平洋地 域における企業と投資家の関係性をいかに再構築しているかについて議論されました。アジア太平洋地域の多様な市場は、独自の構造やコンプライアンス環境を維持しながらも、グローバルな期待水準に適応し つつあります。

変化を促すグローバルな動向

アジア太平洋地域における老朽化したインフラと不統一な規則は、エンゲージメントが拡大する中で投資 家の不満を招いています。このような状況下で、テクノロジーの導入、調和、そして世代交代が変革を加速 させています。

  • 資本市場の民主化: アジア太平洋地域の個人投資家は、米国株を中心とする海外株式に投 資しており、エンゲージメントに対する期待値を再定義しています。
  • 地政学的な複雑性: 市場間の規制の違いが調和を困難にし、クロスボーダーでの一貫性の実 現を妨げています。
  • 世代交代: 若年層で価値観重視の投資家は、即時性・持続可能性・モバイルファーストのエン ゲージメント体験を重視しています。

これらの傾向がもたらす影響は明確で、アジア太平洋地域の新興投資家層は、グローバル基準に沿ったデ ジタル透明性を求めるようになっています。

議決権行使と株主アクセスにおける課題

個人およびクロスボーダー投資の拡大が進む一方で、分断されたインフラ、データの不整合、不透明な報 告プロセスが依然として大きな障壁となっています。

  • 分断されたインフラ: 複数の仲介機関を経由するクロスボーダー保有株は、ボトルネックや遅延、 無効票や未確認票の発生を引き起こしています。
  • 規制の不一致: 管轄地域ごと開示要件や締切日の違いがコストと複雑性を増大させ、仲介機 関に市場ごとの個別対応を強いています。
  • 不透明な記録管理: 議決権の照合や実質株主記録の不正確さが、投資家の信頼を損ねてい ます。
  • レガシーシステム: 手作業や紙ベースのプロセスが依然として多く、非効率の原因となっています。

欧州とは異なり、アジア太平洋地域には中央集権的な規制枠組みが存在せず、各機関が市場ごとに対 応する必要があります。これは複雑さを増す一方で、市場主導のイノベーションのための柔軟性ももたらし ています。さらに、シンガポール、香港、オーストラリアなどの技術先進的な経済圏において、地域全体の改 革を後押しするデジタルソリューションを試験的に導入することを可能にしています。

変革の触媒としてのテクノロジー

デジタル化は、株主エンゲージメントを再定義し続けています。

  • デジタルプラットフォームが株主体験を簡素化: 統合型ダッシュボードやモバイルファーストのイン ターフェースにより、投資家は自らの議決権行使が記録されたことをリアルタイムで確認できるように なっています。
  • 自動化とAIによる効率化: スマートなワークフローや自動化された照合機能により、参加プロセ スが合理化され、オペレーショナルリスクが低減されます。
  • モバイルファーストのエンゲージメント: アジア太平洋地域におけるスマートフォン普及率の高さ が、同地域をモバイルベースの株主エンゲージメントの先進地域へと押し上げています。
  • 新興テクノロジー: ブロックチェーンや分散型台帳ツールは、追跡可能かつ監査可能な議決権行 使記録の実現性を秘めている一方で、コスト、スケーラビリティ、規制の不整合が普及の妨げと なっています。

アジア太平洋地域では、急速なデジタル革新と、既存インフラへの依存度が低いことから、ガバナンスやデー タの枠組みが整えば、動きの遅い他地域を追い抜く可能性があります。

透明性、プライバシー、セキュリティの均衡

アジア太平洋地域における規制の多様性により、透明性、投資家のプライバシー、システムの安全性の間 で慎重にバランスを取る必要があります。

  • プライバシー義務: 各機関は、GDPR同等の基準から各国の保護法まで幅広いデータ規則を 遵守しなければならず、情報共有の方法に制約が生じています。
  • サイバーセキュリティの強靭化: 議決権行使のデジタル化が進む中、サイバー攻撃への備えはシ ステム設計に不可欠です。
  • 設計段階からのプライバシー保護: 同意取得、データ制御、サイバーセキュリティ機能を組み込 むことで、コンプライアンスと投資家の信頼を確保します。

アジア太平洋地域においては、これらの基準を調和させることが、シームレスなクロスボーダー参加を促進す る上で極めて重要となります。

エンドツーエンドの投資家体験の構築

投資家は、透明性、整合性、そして自らの意見が反映されているという確実性を求めています。シームレス な株主体験を実現するには、仲介機関間のデジタル連携と市場横断的な統一された基準が必要です。

  • エコシステムの整合性: 発行体企業、カストディアン、規制当局、フィンテック事業者は、議決権 配信や照合のための相互運用可能な枠組みを共同で構築する必要があります。
  • 摩擦の軽減: 簡素化されたコミュニケーション、多言語通知、そしてモバイル最適化されたポータ ルにより、個人投資家のアクセス拡大と参加率の向上が図られます。
  • 監査可能性と信頼性: 透明性の高い確認メカニズムと整合されたデータの追跡経路は、信頼と 説明責任を強化します。

個人投資家の参加が拡大する中、包括的な設計と直感的なエンゲージメントツールが成功の鍵を握って います。

パートナーシップとエコシステムの連携

これらの構造的課題は、単独の組織では解決できません。効果的な株主エンゲージメントには、テクノロ ジー事業者、証券会社、カストディアン、規制当局、地域団体間の連携が不可欠です。

官民連携はアジア太平洋地域において不可欠であり、市場間の差異を埋めるとともに、相互運用性と規 制の整合性を支える共通のデジタル基準の採用を加速させます。

業界団体もまた、対話を促進し調和に向けた取り組みを牽引する調整役を担うことができます。

文化的・世代的な変化

投資家の年齢層の変化が、期待を変革しています。新しい世代の株主は、価値観に基づき行動し、デジ タルネイティブであり、不透明なガバナンスプロセスに対し寛容ではありません。

  • 信頼と確信: アジア太平洋地域の多くの市場では、過去に議決権行使の検証が不十分だった 経験から、投資家が懐疑的になっています。平易な言葉によるコミュニケーションや透明性の高い 情報開示ツールを通じ、信頼を再構築することが不可欠です。
  • 金融リテラシーとアクセシビリティ: フィンテックを活用した教育やデジタルリソースは、株主権利の 理解と参加意識の向上に貢献します。

デジタルエンゲージメントは、若年層投資家のニーズに対応しつつ、個人・機関投資家の双方にとって包括 的な参加を支える方向へと進化する必要があります。

金融機関における運用面・戦略面での示唆

アジア太平洋地域の機関にとって、株主エンゲージメントは単なる事務的プロセスから、戦略的な差別化 要因へと変わりつつあります。

  • 「コンプライアンス」から「戦略」へ: エンゲージメントを規制要件ではなく信頼構築の機会として捉 える機関は、評判および投資家のロイヤルティを強化できます。
  • インフラ投資: レガシーシステムでは拡大する個人投資家の参加に対応できず、精度と透明性 を担保するためにはスケーラブルなデジタルソリューションが不可欠です。
  • 効果測定と成果: 参加率や処理時間など、明確なエンゲージメント指標を設定することで、説 明責任と価値創出を示すことができます。

早期にシステムを近代化し、地域的な枠組みの整合を進めた機関は、今後の市場参加者が拡大する中 で競争優位を確立できるでしょう。

長期的な解決策としての標準化と調和

調和は、アジア太平洋地域における持続可能な株主エンゲージメント改革の基盤です。

  • 共通のプロトコルとデータの標準化:情報の円滑な流通と照合を可能にします。
  • 統一された締切期日:公平性、可視性、参加精度の向上につながります。
  • 地域間連携:香港、シンガポール、東京などの主要な金融センターの主導により、監査可能性、 アクセス性、効率性における収斂を推進できます。
  • 俊敏性と適応力:アジア太平洋地域ではレガシーインフラの制約が少ないため、特に協調的な 取り組みを通じて、ベストプラクティスの導入の加速化が期待されます。

結論:共同責任

アジア太平洋地域における株主エンゲージメントの近代化は、戦略的であると同時に、共同責任でもあり ます。金融機関、規制当局、テクノロジー事業者は、透明性が高く、安全で、包括的な参加を実現する ために連携し、拡大するアジア太平洋地域の世界的な影響力を反映させなければなりません。

調和と連携が進めば、アジア太平洋地域は国際基準に整合するだけでなく、基準を定義する可能性も秘 めています。